2018-07-12

2017年の夏の記憶 加計呂麻島 後編

加計呂麻島の海は本当にきれいだった。
奄美大島に滞在していた時は台風後で海がまだ少し濁っていた。そこからやっと元どおりに戻った時期だったから、というのはあるとは思うが。

まず自由に海で遊びたくて、ブルーウォーター・アドベンチャーズ(http://www.kakeroma-yacht.com/tour.html)というところで申し込み、ヨットで加計呂麻島周辺を移動しながら、いいポイントで泳がせてもらったりした。

初めてヨットに乗った。ヨットの構造を考えれば当たり前ではあるのだが、本当に風の力だけでかなりのスピードを出すことができた。それが予想を超えた能力だったから本当に驚いた。そしてヨットについていろいろ話を聞いて、エンジンをかけなくてもある程度旅が出来ると聞き、興味深かった。ガイドの人がヨットが好きだからいいところをたくさん聞いたというのもあるけど、ヨットが自然に溶け込む乗り物すぎて、また乗りたいって思った。
加計呂麻島でヨット
前の網になってる部分に寝っ転がって、パドルボートを屋根にして、昼寝したり。
ライフジャケットつけなくてもいいって言ってたから、スキンダイビングの練習したり。一緒に乗ってた魚みたいに泳ぐ地元の小学生の子に、アドバイスもらったり。本当に自由に遊べて楽しかった。

だいたいシュノーケリングはツアーで行くと、5.6人(多い時は10人くらい)で一緒にポイントまでボートで行って、ライフジャケットつけてガイドの人についていきながら泳ぐ、行く場所はほぼ決まっていて自由に散策できないのが多いけど、このツアーでは本当自由に好きなことして遊んで!って感じでとてもお勧め。

海はまだちょい濁り気味。でもかなりきれい。
加計呂麻島の海

ガイドの方のいろいろな島に関する話を聞いた。ここ最近某夜のお店の避暑地とされているらしくて、ビーチ沿いにかなり大きな施設と遊んだ跡、そして片付ける人たちの姿が見えた。ここが避暑地になるまでに紆余曲折あったらしく、その辺の裏話が一番面白かった。それに対する対応と住人の派閥的な話とか。

やはり加計呂麻島にいると時間が止まるというか、異世界というか、人間の気配を感じない。それがとてつもなく良い。

海を気に入り、翌日も泳ぐ。この日は宿泊していたところの目の前の実久ビーチというところで。夏だけ開いているお店でシュノーケルのセットを借りた。
海にマジで誰もいない。友達はダイビングに出かけたため、一人で泳ぐ。
実久ビーチ

この日は海が最高にきれいで、今まで見た海で1.2を争うきれいさだと思った。写真だとわかりにくいけど、水が透明すぎて、ずっと底まで、ずっと遠くまで見える。しかも誰もいない、好きなだけ好きなところを泳げた。
実久ブルー

ビーチから10mくらい泳いだだけでそこそこ深くて、珊瑚も多く、そこに住んでいる魚もかなりたくさんいた。泳いで魚を追っているだけで、気分が高まった。そのくらいきれいで、ここは必ずまた来たいと思った。
ダイビングに行っていた友達も、加計呂麻周辺の海の透明度はやばいと言って、ダイビング的にも今までで1.2を争うと言っていた。

加計呂麻島滞在最後の日、夕日の丘と呼ばれるところに行ってみた。行く途中にうりぼうに遭遇。
加計呂麻島のうりぼう

夕日の丘はその名の通り、夕日がきれいに見えた。でもまた道はかなりの怖さだった。島の上からゆっくりと夕日を見て、加計呂麻島で過ごした日々が本当によかったねって友達と話したりした。
夕日の丘

加計呂麻島は第二次世界大戦の時に、特攻隊の待機場所となっていて、終戦直前に出撃命令が出たが、敗戦したため特攻しなかったという部隊がいたところだ。作家の島尾敏雄がそのことについていろいろ書いていたり、今でも防空壕や、戦争にまつわるものがいろいろ残っている。
なぜこんな小さな島で、と思ってしまう。今はあまりに平和で、自然に囲まれて、温かく懐かしい気持ちになり、時が止まったような不思議な気持ちになれる貴重な場所。全ての場所に歴史があるな、当たり前だけど。

この後は友達と引き続き一緒に旅をして、九州をぐるっと回って帰った。そして9月に沖縄で安室さん25周年ライブを見届けて、今思い出しても、素晴らしい夏だったと思う。

加計呂麻島滞在:2017年8月14日〜18日

2018-07-10

2017年の夏の記憶 加計呂麻島 前編

加計呂麻島に行ってから、夏をのんびり過ごすならここだなと思うくらい、加計呂麻島を好きになり時折思い出している。本当に静かで美しく、心が癒された。

奄美大島の瀬戸内町にある古仁屋港から、本来なら町営のフェリーが出ているはずだったが、当時は船の老朽化で運行していなかった。一時的な措置として、車を運ぶためには山畑運送という会社の貨物フェリー、人の運搬は海上タクシーを使うことになっていた。

山畑運送の貨物フェリーは時間が決まっていたため予約をすることができ、車は一緒に旅していた友達に任せたが、海上タクシーはいまいち時間が分からずだった。古仁屋港で聞いてみると、時間がわかり、その時間まで港の周辺をうろつく。時間より前に港に行くと、なんともう船が出ようとしているではないか。急いで船に駆け寄ると、出そうになる船を湾岸に寄せてくれたので、海の堤防をよじ登ってその言葉のごとく船に飛び乗った。

今は船が直ったらしく定期船が出ている。
http://www.town.setouchi.lg.jp/senpaku/kotsu.html

小さい船に10人くらいは乗っていて、意外と多いなと思う。周りの小さな島々が緑に覆われていて、海の青とのコントラストが清々しい。まるでこれから宝島に行くかのような気分になる。
加計呂麻島の海上タクシー

加計呂麻島の瀬相港に到着し、友達が乗った貨物フェリーの到着を待つ。
貨物フェリーは瀬相港の対岸に到着した。
瀬相港

車で瀬相港まで来てもらい、港周辺を少し散策して予約してあるコテージへ。
ちなみに加計呂麻島は商店が少なく、食べるところはほとんどないし、空いている日もまちまちらしいから、宿泊&自炊をするならば、奄美大島の古仁屋港のすぐ隣にあるAコープという大きめのスーパーで買い出ししておいた方が良い。

瀬相港の前は道の駅みたいなところと、その裏に小さな商店があったが、物は少ないかな。地元産のものを買えたりして楽しいけど。

宿泊に関してはホテルというものはない。だいたい民宿か、キッチン付きのコテージ。我々はひっそりと過ごしたかったので迷わずコテージにした。選んだのはマリンビレッジ(http://www.marine-village.com/)という加計呂麻島の西側にある実久ビーチの真ん前。必要なものは揃っているが、昭和な感じの古めの建物で友達は初めて入った時少しひいていた・・・結果的には住めば都になったけど。

島の東側に泊まるならば、古仁屋港から生間港行きの他のフェリーに乗る必要がある。おそらく東側の方が少しだけ栄えている気がした。シュノーケルやダイビングショップとかはだいたい東側だ。

加計呂麻島は静かで時が止まっている感じがした。特に泊まっているところ周辺はそうで、もちろん家もあり人は住んでいるのだけど、人の気配があんまり残ってない場所だった。
実久ビーチ周辺
沖縄の多良間島もかなり小さく人がいなかったが、気候のせいもあるけど、沖縄独特のゆるい時間の流れと空気の暖かさが感じられたが、加計呂麻島はタイムスリップに近い感じがした。家が古いとかそういうことではなく。山があるから遮断されている感じがするのかな、ふと気がつくと今ここに自分しかいないんじゃないかって、でもそれが怖いとかじゃなくて、やはり何か自然の暖かさみたいなものに包まれている感じがした。

翌日から島内巡りを開始。一応集落同士をつなぐバスがあるが、かなり数が少ないので、旅行で来るなら車がないと厳しい。
しかしその車もかなり厳しい状況に陥った。島の北部はたまに幅は狭いものの気をつけていれば問題ないくらいの大きめの道路。ただし山道とカーブだらけの道で最初は少し怖かった。

問題は島の南部というかそのメインの道路を外れた時の山道が、カーブと狭さが重なり、それにさらに前週あった台風の影響で木々が落ちまくっていて、これレンタカー傷つくんじゃないか・・・という不安も。
私は運転しないから、友達まかせにしていたが、今絶対に話しかけないで、という空気がずっと出るくらい恐ろしい道だった。

実久からどうにか嘉入というところへ行き、おしゃれカフェのmarsa(http://amamikke.com/1086/)へ。食べることになると頑張れる。
自家栽培の野菜やはちみつ、パンも全部手作りでランチをやっているというお店。すごく美味しくてジャムやらなんやら結構買ってしまった。
元々は加計呂麻島の方ではなかったそうで、移住してお店をやっているそうだ。
marsaのランチ

でもほんと周りこういう感じだから、お店が本当にあるのかなあってすごく不安だった。
marsaへの道のり

やはり大きな道に戻りたくて、南部のmarsaから北部の大きめの道路に戻り、続いて西阿室という集落に行ってみることに。さすがに集落に繋がる道のりはこんなにひどくないだろうと、思って行ったみたが、やはり厳しい状況に陥った。

西阿室は本当に小さな集落だったし何もなかったけど、せっかくなので手紙だけ出した。
西阿室

大変な道のりだとはいえ、やはり慣れて来ると調子に乗り始める。
加計呂麻島の絶景ポイントがあるというからそこまで行こうということになった。でもそこまでの道のりが一番厳しくて、本当に木が倒れていたりして、戻ることもできないし、無理やり進むことになった。

でも本当に絶景。ここに海に向けてこげるブランコがあるという話を聞いていたが、今は撤去されていたので残念。
加計呂麻の絶景ポイント

こんな看板があった。
罠には名札をつけて

この場所に来たらもう戻ることはできないのでどんどん進み、於斉という場所にたどり着いた。すっごく大きいガジュマルの木があって、ガジュマルから垂れている枝にぶら下がってターザンしたりできたので、しばし遊ぶ。
ここは映画「男はつらいよ」の最終作「寅次郎紅の花」のロケ地だったそうで、一応記念碑があった。
於斉のガジュマル

それにしてもこのガジュマルの木はすごい。なんだか分からないけど自然と力を与えられているように思ってしまう。ターザンなんてしてよかったのかしら。
於斉のガジュマルの木

やっと小さな山道を抜けられて、スリ浜という割とシュノーケルとかダイビングの集合場所になっているところにいく。めっちゃ海青くてきれいだった。透明度も高くて、魚がたくさん泳いでいるのが肉眼ですぐわかった。
スリ浜

最後は諸鈍という場所のデイゴ並木を少し。この辺りは平坦な道が続いて運転しやすかったらしい。
諸鈍のデイゴ並木
運転に疲れすぎて後半はさっと見て早く帰ろう、という気持ちになりこの辺りをちゃんと見ていない。


地形がわかりにくいから地図参照。
思ったより長くなったから後半へ続く。

2018-05-03

2017年の夏の記憶 奄美大島

多良間島から宮古島、そして宮古島から沖縄の那覇へ。
那覇に移住した友達や、東京から日程合わせて遊びに来てくれた友達、集まって毎日泣いたり笑ったり、主に笑いながら数日過ごした。これもまた忘れられない日々だった。

そして那覇から奄美大島まで。
ここからはまた別の友達と合流して2人旅の始まり。私の方が先に着いたから、先に予約していたレンタカーを受け取りに行った。

10年以上ぶりに運転した。運転しないで待ってようかと思ったけど、空港の周りでも車は少ないし人もほとんどいなかったから、練習しようと思って運転してみたが、やっぱりあんまり楽しくなかった。しかし1時間くらい運転したから、少し慣れた。

奄美大島はアップダウンが激しくて、山って感じだった。多良間や宮古は山がなかったから全然違う印象。

やっぱり海はきれい。お盆の時期に行ったけど、観光の人も思ったよりいなくて、というかすごく少なくて、奄美すごく穴場的な感じがした。宮古島や那覇は当然観光客も多いし、外国からの観光客も多くて、人気のあるスポットはたくさんの人が集まるが、奄美大島はそういうことがなかった。
奄美大島の海

拠点は一番栄えている名瀬港にした。台風で延期になっていた花火大会がその日にあった。結構な規模の花火だった。地元の人が集まってのんびり鑑賞していたから、それに混じって鑑賞。
名瀬港

花火大会

奄美大島の街は本当にゆったりと、そして寂れてはいる。
奄美の街並み

奄美の商店街

今回はほとんど泳ぐためだけに来た。友達はスキューバダイビング、私はシュノーケリングを。それぞれ出掛けて、戻って昼寝して、2人旅だけど別行動しながら、その日に聞いてきたことなどを共有しあって、とても良い旅の形だった。

直前まで台風が来ていたこともあって、海は濁っていて、それは残念であった。
奄美でシュノーケリング
濁っていてもそれなりに魚は見れた。2つのシュノーケルのお店を利用したが、1つはライフジャケットを着ないで泳いでいいと言われたから、一人でスキンダイビングの練習をしてた。

やっぱり山が多いなと思う。
奄美大島の海上から
インストラクターの人が言っていたのは、沖縄は自分たちはうちなーんちゅで、他県の人のことは内地から来た人、という意識が強いように思うと。もちろんそこに変な分別の意味はないのだが、自分がどこ出身であると、強いこだわりがある。というのと琉球王朝としての沖縄の歴史やアメリカ占領時代の歴史の影響もあるのかなと思うけど。
日本人も中国人に間違われたら、いやいや自分は日本人だからって思うと思う、私もそうだし。そこに差別的な意味はないが、でも一緒ではないよね、という意図が裏にはあると思う。
だから沖縄に憧れて移住しても、いわゆる村文化や内地からの人だと見られることに疲れて戻ってしまう人もいると聞いたことがある。もちろんうまく馴染む人もいるのは知っている。

奄美大島は沖縄に近いし、南国であることにかわりがないが、歴史が全然違う。もともと琉球王朝の支配下にあった時代もあるけど、本土と琉球で奄美をめぐって戦いがあったり、最終的には薩摩藩の支配下にあった。だから西郷隆盛にまつわる話もたくさん残っている。そして第二次世界大戦後もアメリカの占領下にあったけど1953年には本土復帰している。

あくまでもそのインストラクターの意見ではあるが、そんなこんなで独立して国だったということもないし、占領時代も短いのもあり、奄美だという意識もありつつ、九州の一部であるという気持ちもあると。沖縄でいうところの、うちなーんちゅという奄美バージョンはあまり感じていないそうだ。だから島移住を考えるなら奄美はオススメだそうだ。それは確かに納得できる部分があった。感覚的にだけど、私が沖縄が好きなのはどこか違う感じがあるからというのもあって、奄美は過ごしている中での違う感じってあまり感じなかった。

そして奄美大島から次なる目的地、加計呂麻島へ行くために、瀬戸内町まで。
瀬戸内町も特になにもないが、同じくのんびりした空気が流れている。そしてやはり町は寂れている。しかしこの感じがたまらなく良い。
瀬戸内町

奄美のことが全然伝わっていない気がするが、私はここもとても好きな場所になった。沖縄とは違う南国、そしていつでも海に行けて、何しろ食べ物がとっても美味しい。泳いで食べて静かに過ごすなら、奄美が絶対おすすめだと思う。

美味しかったところの紹介を少し。

奄美きょら海工房
奄美きょら海工房
空港から名瀬港に行くまでにある海沿いのカフェ。ロケーションが素晴らしい。空港から街まではどちらかというと山っぽい感じを味わいながら車を走らせるが、ここで海が見れた!って感じになった。カレーの写真しかなかったそしてカレーは普通だけど、パンが美味しい。奄美素材の色々な商品も売っててちょっとおしゃれな感じ。

こっこ家
こっこ家のシュークリーム
ここは絶対行くべきな、奄美の卵を使ったシュークリームやケーキなどが売ってるお店。シュークリームしか食べてないけど、生地とクリームのどちらも美味しい。生地はしっかりめのパイで食べ応えある。空港から名瀬港に行く間にある。行きに寄って美味しかったから、帰りも寄った。

喜多八
喜多八の揚げ出しとうふ
ここも絶対行くべきおすすめのお店。奄美の郷土料理が食べられる。揚げ出し豆腐が素晴らしすぎた。4,000円で8品の郷土料理と奄美焼酎飲み放題なのもすごい。焼酎は飲み慣れていないからお店の人に聞きながら料理に合うのを出してくれた。料理もかなりのボリュームだからとても満足。予約は必須。

鳥しん
鳥しん
とにかく奄美の鶏が本当に美味しいということが分かるお店。ここなんて結局3回も行ってしまった。夕飯の時間に行くと、すでに売り切れのものがあったりする。観光客も集まるけど、地元の人も普通に来るお店。写真はもものたたき。焼き鳥、鳥刺し、唐揚げ、ここはなに食べても美味しかった。鶏じゃないけどキムチもすごく美味しくて、また食べたい。

また絶対に行きたいお店が多くできて、そういう意味でも奄美大島はまた行かなきゃと思っている。

奄美大島滞在:2017年8月10日〜14日

2018-04-28

2017年の夏の記憶 多良間島

沖縄離島の中でもあまり聞いたことがなかった多良間島。
誰かの旅行記で読んで、何もなくてのんびりできるところと思って、必ずいつか行こうと思っていたのだが、ついに実現した。
今でも思い出しても、この島は本当に良かったなと思う。

多良間島は人口1,000人ちょっと。宮古島と石垣島の間にある小さな島で、いわゆる観光地化したところではない。
宮古島から飛行機で行くか、フェリーで行くかでしか行けない場所だ。私は宮古島の前半は一人で過ごし、そこからフェリーで行き、多良間島でパートナーと待ち合わせだった。多良間島で待ち合わせなんていいなと思って。

飛行機はRAC(http://www.churashima.net/rac/)から1日2便しか飛んでいない。フェリー(http://www.taramakaiun.com/)は宮古島の平良港から1日1往復で日曜日は休航。海が荒れている時はフェリーが出ないので時間に余裕がある場合には、フェリーのほうが安いからおすすめ。
多良間島行きのフェリー

フェリーの中はこれを足にしている現地の人しかいなかった。
フェリーたらまゆうの中

のんびりと2時間の船旅。運が良ければイルカの群が見れるらしい。フェリーには島の情報が載ったパンフレットや地図があり、それを読みながら過ごす。宮古島と伊良部島をつなぐ橋の下を通る。
伊良部大橋

多良間に到着すると、フェリーの時間に合わせて島内を走るバスが待っている。
多良間には宿泊も村営の施設か、民宿しかなく数も少ない。だからこのバスが停まるところの範囲で全てがすんでしまう。
見たところ私しか旅行者がいない、そんな感覚になり、日本なんだけど、全く知らないところに来たわくわく感があった。

村営の民宿である夢パティオたらまはすごくきれいで、朝夕の2食付き。多良間島には居酒屋が一軒あるだけで、そこも不定期に休みがある。夜ご飯を食べられるご飯屋さんは他に多分ない。他のだいたいの民宿も2食付きみたいだったけど、ここは大きいお風呂もあるし、ここに泊まってよかった。
夢パティオたらま

近くを少し散策してみるが、人や車の音がしない分、いつもなら聞こえてこない音が聞こえてくる感じがした。太陽が照っている音は聞こえないはずなのに、それが直に分かるような気持ちになるし、風が吹いたらそれが嫌なものすべてを持っていってくれるような気持ちの良さを感じる。何にも悪意を感じない場所、こういうところはあまりない。
多良間の街並み

翌日自転車を借りて島を一周。島は周遊しても15kmくらいだから一日あれば、いろんなところを回りながら一周できる。自転車は大徳商事さんというところで貸してもらった。夢パティオの人が電話してくれて、「今から借りにいきますから」って。それで行ったら、いないっていう。
再度電話すると、「買い物からもう直ぐ帰るから」って。あー面白い。そのくらいゆっくり過ごしたかったから、良かった。
「自転車も盗る人いないと思うけど、一応鍵ついてるから。返却は鍵ついたままでいいから、ここに停めて帰っていいからね」って。全てがゆるい。

一度は海に入りたかったから、地図をみながら泳いでいい浜辺に行く。ふる里海浜公園というところに行ってみた。遠浅の海で、本当に透明。海に入る前から、クマノミがたくさんいるのが目で見えた。
ふる里海浜公園
浅いから潜るという感じではなかったけど、浮かびながら魚をたくさん見てた。この公園はシャワーもあるから結構良い。

近くに島を見渡せる展望台があったから、登ってみたが、ほんとうに何もない。全方向だいたいこんな感じ。
展望台からの景色
自転車漕いで海入って、そのまま何も気にしないでまた走り回るっていう、小学生の夏休みみたいだ。

お昼はいくつかお店をあたってみたが、その時やっていなかったりしてありつけなかったから、スーパーで買って食べた。島の中心の集落にはスーパーが2つだけある。
事前の情報だと島だから割高だと書いてあったから、わざわざ宮古島からビールだけたくさん買って来たけど、大して値段の差はなかったように思う。

集落には島唯一の信号がある。これは子供に信号を教えるために一つ作られたらしい。
多良間島唯一の信号
集落で人に出会うと、必ず挨拶される。それがほんとうに普通のことなんだと思った。

多良間島の集落は北に寄せてあり、その周りをフクギという木で囲っている、そして道は碁盤目状になっている。これは台風から守るためでもあるが、琉球風水といって中国から伝わって来た地形を重視した考え方により、町がつくられているそうだ。
そして海へ繋がる道を「トゥブリ」と呼び、それぞれのトゥブリに名前をつけるくらい、海とのつながりを大切にしている。
確か石垣島に行った時、シーサーは海のから怪物が来るのを防ぐために海側に向けられると言っていたような。

そんな琉球の文化や、多良間独特の文化を知るためにふるさと民俗学習館へ行った。
ふるさと民俗学習館
1400年代の朝鮮の記録にはすでに多良間が出て来ており、すでに多良間と呼ばれていた足、人も住んでいた。それ以前はあまりよくわかってないみたいだった。

多良間には独特の言語があって、ムに半濁点をつけたり、とりあえず読めない。今は年配の人しか発音できないらしいが。
多良間の言語

あとはもう島を一周しようとひたすら走り続けた。やぎの遭遇率高い。
やぎ

多良間の神社

多良間ブルーと言われるくらい、海も青いし透明度が高い。
多良間の海

やっと島の半分くらい来たところで海を見ていたら、地元の漁師の人たちにつかまり、あれよあれよと宴会に巻き込まれた。
とっても豪快だった。さっき取ってきたという魚介をばんばん振舞ってくれて、お皿は海から拾ってきた大きな貝殻。
そしてこちらの飲み方の風習であるお通りをやった。一人の人が、一言言って、周りのメンバーにお酒をつぐ。入れられたら飲まなくてはいけない。飲み終わったら、その一言言うメンバーが次の人になり、また全員に注ぐ。10人くらいいたから、永遠に泡盛を飲まされて、死ぬかと思った。

彼らの話を聞いていると、島には色々な風習があり、それを受け継いでいくためのグループがあって、その組合みたいなのの飲み会だそうだ。ほとんど酔っ払って聞いていたのでもはや詳しい名前とか忘れてしまったが、ここはここで結構大変だったり面倒だったりする風習もあるなと思った。

話している言葉も沖縄本島とは違うと言っていた。みんなまだ30-50代だったけど、ちょっと方言が入るとかじゃなくて、全く違う言葉で話していた。私たちに合わせて標準語ももちろん話していたが。

あまりに飲まされるので、夕飯の時間を理由に帰ろうとしたら、夢パティオに電話して夕飯お弁当にして取っといて、と言えばいいよ。ってささっと電話されて失敗。
この島ではみんな繋がっていて、電話でなんでも完了できる。それはまた面白い。

だんだん日が落ちてきて、夕焼けになった頃、解散した。豪快な飲み会であった。楽しかった。
多良間の夕焼けはほんとうに美しかった。
多良間の夕日

たった2泊しかできなかったかけれど、この島にまた来たいと思った。飲み会に巻き込まれてあんまりゆっくりという感じではなかったが、この島の文化を受け継ぐ人たちの話を聞けたのは貴重だった。

旅をしていて国境付近の町はだいたい両国の文化が混じっていたりする。沖縄、それ以前の琉球がまさにそうで、それが少し今でも残っているから、多良間島にいるときはまるで国境の町にいるような感じがした。
日本は島国だから、完全に分断されていて、あまりそれを感じられるところはないだろうと思っていたが、そんなことはなかった。

帰りは飛行機で宮古島へ。たった20分で到着した。
多良間島こそまた絶対に来ようと思う。

多良間島滞在:2017年8月4日〜6日


2018-04-27

2017年の夏の記憶 宮古島

中国から帰国後、家にも帰らずにまだ旅の続き。
2017年の夏は沖縄・九州方面を旅し、今までで一番楽しかった夏だった。

羽田から那覇、そして乗り換えて宮古島へ。
到着すると時間の流れが変わったかのように感じる。南国独特の生暖かい空気を吸うと気分が上がった。

宮古島の前半は一人で過ごし、後半からはパートナーと合流。一人の間は車を運転しないので、徒歩で行ける範囲で街を散策。
中国は空気が汚れているとは感じていなかったが、宮古島に来たら空気がおいしいとすごく思った。何度も深呼吸した。いつもは東京に住んでいるから、それと比べると全てが静かでゆっくりで、やはりまだ外国にいるみたいな感じがした。

今年から始めようと思っていたスキンダイビングを習いに早速海へ。あまりにも青い。
宮古島の海

スキンダイビングというのは簡単にいえば素潜りのことで、スキューバのように酸素を背負わずに水中遊泳すること。スノーケリングも好きで夏はやっていたが、数mでも水中に潜れるとだいぶ楽しそうに見えた。
沖縄周辺の海は全部きれいだけど、宮古島の海は特に透明度が高いと言われている。それは宮古島には山も川もないから、雨が降って赤土が流れ込んだり、家庭排水が流れてこないからだという。

スキンダイビングは楽しかったが、結局4mくらいまで潜ると耳抜きがうまくいかずに痛くなるため、私あんまりうまくないなと思った。でも2mくらいは余裕だからあとは水中にどれだけいられるか、また練習しようと思った。

大きい蟹の抜け殻!初めてみた。
蟹の抜け殻

宮古島には宮古を見守る「まもるくん」という人形がいろんなところに設置されていて、全部で19体あるらしい。まもるくんと呼ばれているが実際は一つ一つ名前が違って、これはひとしくんというらしい。謎の設定。
宮古まもる君

車を借りていろんなところへ。すぐ隣にある伊良部島へ渡る。2015年に橋ができたばかりで、青く透明な海の上を3500m、車で走るのは本当に気持ちが良い。ここは宮古島行ったら絶対に行くべき。
伊良部大橋

さらに伊良部島のすぐ隣の下地島には航空機操縦訓練のための飛行場があり、そこでタイミングが良ければ飛行機が発着するところを近くで見ることができる。そしてその近くの海がめちゃくちゃきれい。
伊良部島の海
一応下に降りて泳ぐことはできる。浅瀬が続いているからか子供が多かった。

そして伊良部島の方にある宇宙船のような展望台。
伊良部島の展望台

ここから宮古島との架け橋全体を見ることができる。とにかくこの辺りは観光というより自然を楽しむ場所。
伊良部大橋

別の日またまた海で今度はシュノーケリング。サンゴが美しかったし、ウミガメにも会えた。
サンゴ礁

ウミガメ
ここ最近宮古島に来る台風は少なくなっていて、台風がこないと海の温度が下がらないため、サンゴが育たなくなるそうだ。ただ台風が来ると観光客が減ってしまう。観光業で生計を立てているホテルの人はとても複雑な顔をして言っていた。
また中国からの大型旅客船で宮古、石垣、沖縄本島を巡る旅がブームになっているらしく、船が到着すると小さな島に大量の旅行客が降り立つので、それはそれで大変らしい。

宮古島は山がないと最初に書いた通りで、車で走っていても街から少し離れれば遠くまで見渡せて空が広く見える。夜になっても子供が走り回って遊んでいたり、平和な時間が流れてると思った。ほんとにのんびりと過ごせるいいところ。
ちなみに宮古島へは東京からだと那覇乗り換えか、直行便もあるから行きやすくなって、ほんとにまた行きたいと思っている。


あとは行ってよかったお店だけ紹介。

古謝そば
宮古そばのお店。人気があるらしく結構並ぶ。11時の開店前でも並んでた。やっぱり並ぶだけあって美味しい。でも地元の人はいないからもっと隠れた名店があるはず。

BOTTA
BOTTAのピザ
伊良部島にあるピザ屋。味は普通。でもロケーションがすごくいい。目の前が海のカウンター席があって、そこから下地島の飛行場も見れるし、とてもいい場所。

喜八
喜八の焼肉
宮古牛の焼肉屋。とにかく美味しい!ほんとに美味しかったから、焼肉食べるならおすすめ。そして予約早めに必ずしたほうがいい。ほとんどが予約で、あっという間に混雑してた。

島の素材を使った料理をだす居酒屋。写真は撮らなかったけど、ここもかなり美味しかった。魚も野菜もあまり聞いたことのないものが色々。串焼きと刺身と揚げ出し豆腐美味しかったなあ。ここも予約必須。

サマンのカレー
スリランカカレーのお店。たまたま入ったけど、これはちゃんとスリランカのことを知ってる人がやってるカレー屋だなと思った。ご飯に乗せるカレーと惣菜をいくつかの種類の中から選ぶことができる。ちょっと辛いけど、味もちゃんとしてて美味しかった。

宮古島滞在:2017年8月1日〜4日、6日〜8日